「愛の手練手管を知らぬなら、わたしの本を読みたまえ。いずれは愛の博士とならん」
とは、今回の恋愛格言が記されたオウィディウスの恋愛詩集『恋愛指南』(アルス・アマトリア 全3巻)の冒頭部分です。
詩集とは言うものの実際には恋愛ハウツー本の形式をとっており、オウィディウス自身が恋愛教師となり、「こういうときにはこうせよ」、「この問いかけにはこう応えよ」といった恋愛アドバイスを展開しています。
2000年前のローマで書かれた作品にもかかわらず、内容は実に具体的で現代にも通じるものがあります。
「まずは、君の心に確信を抱くことだ。あらゆる女は捕まえることができると」
「お目当ての女性の膝にチリが落ちていたら指で払ってやらなければならない。
もしチリなど全然落ちていなくても、やはりありもしないチリを払い取ってやるべきだ。
なんでもいいから君が彼女につくしてやるために都合のいい口実をさがすのだ」
「やさしさあふれる詩を贈れなどと勧めたりはしない。(中略)愛も黄金で手に入る」
などなど、今でも十分通用する恋愛理論ですよね。
今回の恋愛格言「愛されるためには、愛されるようにならねばならぬ」は、第二巻の魔術や迷信を論じたくだりに登場します。
「恋愛を魔術に頼るのは間違っている。
呪文や薬草は愛を活かす目的には役立たない」
「邪悪な方法はすべて遠ざけよ。
愛されるためには、愛されるようにならねばならぬ。
これは顔や容姿のみで得られるものではないからだ」
恋に悩む気持ちはいつの時代も同じですが、恋の魔術に頼ったりうわべを取りつくろうだけでなく、やっぱり大事なのは自分自身の内面と言うことなのでしょう。
恋愛に関してはだれもが盲目になりがちです。
美しく着飾るばかりで思いやりが欠けていたり、自分のことは棚に上げて相手にばかり要求したり…。
コミュニケーションで大切なことは、相手の立場になって考えること。
相手の姿は自分の鏡ともいいます。自分が愛されるためには、愛する人が気持ちよくすごせるようふるまうのが一番の近道かもしれませんね。
今週の恋愛格言をのこしたのは、約2000年前の古代ローマで活躍した作家、プーブリウス・オウィデイゥス・ナーソーです。
黄金時代にあったローマで、代表作である『変身物語』のほか、『愛の歌』、『恋愛指南』(『恋愛術』・『愛の技法』など別訳あり)、『愛の治療』など多くの恋愛詩を発表し、当時の代表的な詩人のひとりに数えられています。
平和と繁栄で熟しきったローマでは恋愛事情も華やかだったようで、『恋愛指南』ではオウィディウスが自らを「恋愛教師」と位置づけ、女性の口説き方や気に入られる方法、浮気がばれた時のごまかし方、ベッドの中でのふるまい方など、大胆なまでの恋愛テクニックを教授しています。
オウィディウスは30歳までに3度の結婚(2度離婚)しており、恋愛マスターとしてかなりの経験を積んでいたことがうかがえます。
しかし、奔放すぎる恋愛作品を世に広めたことが皇帝アウグストゥスの怒りにふれたのか、51歳で辺境の地に流罪になり、ローマにもどることなく亡くなってしまいました。
生真面目で慎重な初代皇帝アウグストゥスには嫌われたものの、オウィディウスの作品には、2000年前のローマで人々が恋愛に悩み、また人生を謳歌していた姿が生き生きと描かれており、シェイクスピア(イギリスの劇作家。代表作『ロミオとジュリエット』)、セルバンテス(スペインの作家。代表作『ドン・キホーテ』)、ドラクロワ(フランスの画家。代表作『民衆を導く自由の女神』)など、多くの歴史的な芸術家が影響をうけています。